2007年4月 5日 (木)

「あるスキャンダルに関する覚え書き」~女の業と孤独~

6月公開予定の「あるスキャンダルに関する覚え書き」を試写会で見た。都会に生きる孤独な独身女の複雑な心象風景が鋭い観察眼で描かれている。

定年間際の中学校の歴史教師バーバラ(ジュディ・デンチ)は、30代の美しい美術教師シーバ(ケイト・ブランシェッド)になみなみならぬ思慕の情を感じる。シーバをじっと観察し、さりげなく会話のきっかけをつかんで親しくなり、少しでも近づけた日には、手帳に金の星のシールをはるのだ。わー暗い! ところが、シーバが生徒と不倫関係にあることを知ったバーバラは、それを共通の秘密とすることで、さらにシーバに近づき、秘密の関係を強固にしようとする。

そのバーバラの冷酷でしたたかな計画がインパクト抜群だ。観察眼と思索を研ぎ澄まし、思いを溜めるバーバラの性格は、妙なリアリティを感じる。あれこれ考えてばかりではなく、もっと早くに、複雑に心の内部をふくらませる前に、感情をはじけさせれば、きっと楽になれるのにねぇ・・・。

バーバラが、シーバのスキャンダルをバータに、より彼女に近づこうという考えは、バーバラの卑屈な劣等感が丸出しだ。バーバラは歴史教師としてのキャリアやら賢さやら、冷静な判断力やらといった資質があり、それらをシーバへの幸せになるように使うこともできたはずなのだ。そうすれば、もっと平凡な友情が成立しうるはずなのに・・・。

つまり、バーバラは自分の人生をいまだに肯定できていないのだ。人生を模索中の若い時期ならば、わかる。しかし、定年間際の独身の女教師が、いまだにこんな鬱屈を抱えているなんて、なんと寂しいことなのだろう。

一方のシーバも寂しい。若く美しく、旦那と子供がいる家庭生活。一見、幸せなはずなのに、満ちたりなさを感じ、生徒との浮気に足を踏み入れてしまう。シーバはわがままなのか? しかし、憂いをたずさえて揺れ動く彼女の心こそが、彼女を人間的に魅力的に見せているのに違いない。

多様な生き方がある中で、願わくば、年齢を重ねながら、本人が選んだ人生を自然に受け入れていけるといいなと思う。それが年を重ねることであり、若さとひきかえに、得る安らぎでもある。ただ、なぜか、そんな理想の筋書きとおりにおさまらないところに、いつだって、ドラマがはじまる。

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2007年1月 8日 (月)

「蛇イチゴ」~兄と妹~

新進気鋭の西川美和監督の作品「蛇イチゴ」をみた。

真面目な優等生の妹と、勘当された兄貴、昔気質の仕事人・・・と思ったら実は借金まみれだった父、明るく家庭を切り盛りする母。といったある家族が描かれている。とくに、正反対の性格の妹と兄貴の切っても切れない絆を、甘くではなく、軽やかな大人の苦味をもって描く。それが、さわやかなカタルシスとなっている。

蛇イチゴは、実に効果的な小道具としてでてくる。妹なりにめいっぱいの兄をこらしめようとするが、兄はひょうひょうとかわしてしまう。そして、最後に蛇イチゴ。赤くて鮮やかで酸っぱくて、蛇が好んで食べるといわれている・・・。

つみきみほ演じるきまじめで頑固な妹の役柄にシンパシーを感じる。西川美和監督は、私と同じ大学の2歳後輩らしいが、もしや、こんなキャラクターの女性なのだろうか・・・と思ったりもする。

宮迫が演じる兄貴は憧れの自由人。口八丁手八丁の世渡り上手。道徳心など、どこ吹く風。自分が一生懸命やってきたことはなんだったのだろう・・・と全否定されると気持ちいいんだな。

家族という甘ったるくなりがちなテーマをスタイリッシュに描いたところが新鮮だ。カリフラワーズのパンクな音楽が、カラリと乾いた気分をもりこんで軽やかな仕上がりになっている。

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2006年10月 9日 (月)

「フラガール」にみる観光産業の復興

Sizuchan 渋谷、シネ・アミューズにて映画「フラガール」を見る。ブラックコーヒーを30分前に飲んだので、今度は寝なかった。

時は昭和40年代。福島県いわき市の炭鉱の町を舞台に、フラガールを目指す地元の女子の夢と希望の物語。ストーリーはベタだけれど、心あたたまり、上映後は、映画館内で拍手がわいた。福島弁の蒼井優ちゃんがかわいい。蒼井優は、田舎娘がなんて似合うんだろう! そして、南海キャンディーズのしずちゃんもいい味。映画館に飾られていた等身大のしずちゃんフィギュア(写真)は妙な迫力がある。

この映画、制作にあたって、スパリゾート ハワイアンズおよびいわき市の資本がずいぶんと投入されているようだ。キャンペーンでも、いわき旅行、ハワイアンズ宿泊券などで1000名プレゼントの大盤振る舞いがあったりして、地元タイアップ色が濃厚。「いわき市の観光について、知っていることを書いてください」などという設問があったりして、この映画で、いわき市に観光客を呼び込もうという意図なんだろう。

そもそも、スパリゾート ハワイアンズは、日本ではじめてつくられた本格的なテーマパーク&リゾート施設で、今なお、年間入場者数が150万人を超えるという奇跡的な成功例らしい。地方のテーマパークというと、夕張のメロン城はじめ、巨額の資金を投じて建築されるものの、ハード優先で、結局、客が入らずに失敗するケースが多いが、スパリゾート ハワイアンズの設立には、徹底した地域共生の思想がバックボーンにあるのがポイント。ポリネシアンダンサーも海外や大都市から調達せずに、舞踏教育学校をつくって、地元の女子をフラガールに育てる、といったように、地元の振興・雇用促進などに配慮したソフトづくりが成功の秘訣で、観光産業の観点からも注目らしい。・・・という話は、スパリゾート ハワイアンズを取材した、某旅行業界誌の論説主幹氏の受け売り。そもそも、この方から映画の話をきいて、「フラガール」を見に行った。

でも、やっぱり、東京に住み、ハワイにも何度かいったことがあり、昭和40年代や炭鉱の町にノスタルジーを感じる世代でもない私にとっては、スパリゾート ハワイアンズの魅力にひたるのは少し難しかったな。地域共生の発想はスバラシイとは思うけれど。

もし、キャンペーンに当選したあかつきには、実際にいわき市に行って、予想をうらぎられてみたいものだが・・・。

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2006年9月23日 (土)

「太陽」をみるはずだったのに

Taiyou1_1 銀座で映画、太陽を見る…つもりが最初の3分で爆睡。気がついたらエンドロール。しまった~。悔しい!! 

ロシア人監督が、昭和天皇の心のうちを描いた作品で、友人の薦めもあり、ロシア帰国後でもあり、ちゃんと味わってみたかったのだが・・・。せっかく当日券を1800円だして買ったのに、トボトボと帰ることになった。

料理研究家の村上祥子先生が3時起きでアクセク働いているというのに、朝寝坊した上に、夕方うたたねしてしまうなんて情けなや。 

もともと、映画館で暗くなると眠くなりがちで、眠気予防ドリンクのコーヒーは欠かせない。しかし、今回は映画館の隣にタリーズコーヒーがあって、つい、色気をだして、ソイラテにしてみちゃったりしたので、カフェインが足りなかったのかも~。やっぱり映画眠気対策はブラックコーヒーにしよう。そして、今、調べてみたら、カフェインドリンクを飲むなら、見る30分前に飲まないとダメみたい。次からの教訓にしよう。

つまらないので、デパートをのぞいて帰ったのだが、銀座の三越では、クロエのバックフェアをやっていた。いわゆる大きめのエディターズバック。価格は15万~25万くらい。ちょうど、大きめのちゃんとした革のバッグを探していたので、つい欲しくなってしまった。というか、銀座を通る人々を見ていると、自分のみすぼらしさが気になり、何か買いたくなってしまったのだ。

もうちょっと朝早く起きて、ご飯もしっかり食べて、運動して、秋らしい服に着替えて、頑張ろうっと!

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「運動靴と赤い金魚」~ハッピーエンド?~

イラン映画「運動靴と赤い金魚」(マジッド・マジディ監督)をDVDで見た。イランの子供たちの学校生活(男女別学・2部制)や、家庭、社会風俗をものめずらしく味わいつつ、主役の兄妹(兄アリ:ミル・ファロク・バシェミアン/妹ザーラ:バハレ・セッデキ)がとにかく、めちゃくちゃかわいくて感動! 

ニコッとほほえむ顔。小さい声でささやくところ。目に涙をいっぱいにためて何かを訴えてみつめる顔。はにかんだ困ったような顔。この兄妹は、監督が、いろんな街に足を運んでたくさんの人に会い、話のイメージにピッタリあう、実際に慎ましい暮らしをしている子供(素人)を探し出し、説得して映画出演の交渉をしたそうだ。

なくなった赤い靴はとってもキュート。リボンつきで、古いけれど、何度も直して使いたくなる味わい深い、かわいらしさがある。制服を着て、みな同じように頭を布で包んで学校に行くイランの小学生女児にとって、靴は唯一のオシャレなのだ。

******************************************************************このザーラの赤い靴をアリがなくしてしまったことから、ドラマがはじまる。(以下、あらすじ)

貧しくて家賃も食費も滞納している家に住むザーラとアリは靴をなくしたことを親に言い出せずに、アリの唯一の運動靴を兄妹で交代ではくことにする。男女別学のイランでは、朝ザーラが、午後にアリがそれぞれの学校に行く。ザーラは帰宅して、大急ぎで一足の靴をアリに渡し、アリも大急ぎで学校へ・・・という暮らしがはじまる。

ある日、ザーラは、なくした赤い靴をある女生徒がはいているのをみつけ、アリといっしょに彼女の後をつけた。しかし、その少女が目のみえない父親をつれて買い物へ行くところをみて、ザーラとアリは顔を見合わせ、靴をとり返すことをあきらめて、黙って帰ることにする。そして、アリの運動靴を兄妹で交代ではき続ける不自由な生活を続ける。

アリは、マラソン大会の3等の賞品として運動靴がもらえることを知る。そして、ザーラに新しい靴をあげるためにマラソン大会に参加する。3等を目指して湖畔を走り、上位層につけていたのだが・・・。最後の混戦で、一心不乱に走りすぎて、誰よりも先にゴールテープを切ってしまう。賞品の運動靴をもらうことができず、1等をとったというのに涙目のアリ。「運動靴は?」とたずねるザーラにも答えることができない。マメだらけの足を池の水で冷やすと、その疲れを癒すかのように、赤い金魚がアリの足の周りで泳いでゆく美しいラストシーン。

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人を思う優しい気持ちが、なんだか、うまく実を結ばない。赤い金魚はそんなアリとザーラの純真な心をあでやかに彩り、際立たせる。

ただ、ちょっと気になるのは、最後の終わり方だ。アリとザーラが落胆しているところに、父親が買物から帰ってくる。その自転車かごの中に赤い靴らしきものがチラッとうつって、映画は終わる。この後、父親が靴を子供にあげて、大団円となることを予感させ、その前で寸止めして終了という演出のようだ。私は、一寸、自転車かごの赤い靴の意味がつかめず、巻き戻してもう一度みて、ようやく理解。これは、わかりにくいよ!!

果たして、父親が赤い靴を買ってあげれば、それで二人は万事OK。大喜びなのだろうか。アリのマラソン大会での努力が、うまく身を結ばなかったことの悲しさは、ただ靴が手に入れられなかったということだけでなく、あれだけの努力をしても報われないことがある、という世の無常さではないか。それは、貧しい暮らしの限界をも連想させる。そして、にもかかわらず、その中でやっぱり優しく助け合って生きていく兄妹の姿に、胸をうたれるのだ。それは、生まれた境遇などに限定されない「幸せ」が確かに存在することを思わせる。

そう考えると、父親が靴を買ってくる、という形でのハッピーエンドへの期待を残した終わり方は、私には、釈然としなかった。だいたい、出稼ぎしても家賃が払えない貧乏な父親が、なぜ、この時になって急に赤い靴が買えるのかもわからない。不自然で全体のリアリティーを欠いている。ラストシーンだけ、映画的なテクニックが先行してしまったのように感じる。他の部分がすばらしいだけに残念だ。

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2006年9月 3日 (日)

「リリイ・シュシュのすべて」~青春の残酷~

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DVDで映画「リリイ・シュシュのすべて」岩谷俊二監督を見た。久々に衝撃的な作品だった。

前半は少し冗長で眠く、途中で見るのをやめようかとさえ思った。が、目をおおうような暴力シーンに、ひきつけられ、見終わったら、前半が気になって、長いにも関わらず、もう一度、すぐリピートして見直してしまった。

ストーリーは、単純だ。(以下あらすじ)**************************************************************

リリイ・シュシュというアーティストに傾倒する中学生のいじめられっこ雄一(市原隼人)は、ファンサイトの掲示板を運営している。なかでも、ハンドルネーム:青猫と共感し、ネット上で思いをうちあけあっている。

雄一は高校に進学して、剣道部で星野(忍成修吾)と知り合い、親しくなる。裕福な家庭に育った成績優秀で、模範的な生徒だ。ところが、星野は、剣道部仲間との沖縄離島旅行から帰ってきて、性格が豹変してしまう。

最初は、日焼けしていて髪をドレッドにしている生徒とのささいな言い合いだった。悪態をつかれた星野は、ドレッド頭の生徒に対して机をたたきなげ、彼の髪の毛をナイフで切りおとす。さらに、その後、星野は、ドレッド頭を素っ裸にさせ、田んぼで犬掻きをさせ、かばんを口でくわえてもってこさせるのだ。もってきたところは、さらに顔を蹴飛ばす。

さらに星野は、クラスメートの詩織(蒼井優)をゆすり、援助交際をさせて、アガリを奪う。別の女性のクラスメート久野を工場に呼び出して、集団でレイプする。その工場はもともと星野の家の所有。工場が倒産して、家族離散し、彼の中の何かが狂ってしまったらしい。

かつて仲良くしていた同級生の突然の狂気に巻き込まれ、手下として、彼の行為に加担させられ、苦しむ雄一。その思いをリリイ・シュシュのサイトに書き込んでいく。いちばんの理解者は、ハンドルネーム青猫。「わかるよ。多分、それと同じ痛みを僕も感じているから」

リリイ・シュシュのコンサートで、雄一は青猫と会う約束をする。目印は青りんご。会場で青りんごをもって待っていたのは、なんと、星野だった。叫ぶ雄一。人ごみの中、雄一は星野を衝動的に刺し殺す。

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リリイ・シュシュのサイトで、二人をつないでいたのはリリイ・シュシュの音楽の源とされている「エートス」への共感。これは、心の底からわきあがる抑え切れない衝動・リビドーの象徴だ。得体の知れないものに突き動かされる情熱と苦しみ。その存在を自身の中に感じているのは、雄一も、星野も同じだったということだ。

星野の暴力シーンは、ひたすら残酷だ。いじめる側の思いつきひとつで、周りの連中も流されて、加害者の側にまわってしまう。「エートス」につき動かされて、ブレーキがきかなくなった状態が、徹底的に描かれる。

美しい田園風景と音楽が、余計に彼らの純粋さと悲しさをきわだたせる。やりきれないシーンが多いが、彼らの心の機微が丁寧に描かれており、「エートス」という青春の象徴ともいうべき衝動的なエネルギーがありったけ伝わってくることで、やるせなさと同時に、不思議なカタルシスを感じる。

10代のころは、心にこのような暗い闇を私も抱えて鬱屈していたんだっけ? そうだったような気もするが、もう、感覚的にはわからない。私がこんな境地になることは、年齢的にもう、ありえないだろう。過ぎ去った闇。だからこそ、せつなくて、ほろ苦いのかもしれない。

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